宇部市常盤について ~宇部ブランドの代表的な地名~

ときわ公園の観覧車

常盤と書いて「ときわ」という読み方は慣用的な読みであるものの、日本全国に同様の表記を行う町村などが多いため、殆どの人が正しく読めます。宇部市内においては後述するように町名や駅名、学校名や校区など多岐にわたって用いられ、市名の「宇部」に次いで知名度が高い地名です。
常盤と言えば常盤池や常盤公園(近年は「ときわ公園」と書かれる)、JR宇部線の常盤駅のように、概ね常盤池周辺が想起されます。しかし市街部に目を向ければ市役所前の国道190号は常盤通りと呼ばれ、国道490号との交差点にかけて常盤町1~2丁目を構成しています。市民はともかく他市からの来訪者には「本来の常盤は何処が発祥?」と思われるかも知れません。

山口県最大の面積を誇る常盤湖

常盤の発祥の地は、言うまでもなく常盤池です。常盤池(常盤湖とも書かれる)は県内最大の人工の溜め池で、水量のある川に乏しく稲作に不適だったこの地を潤すことを目的として江戸期に築堤されました。溜め池になる前は常盤原と呼ばれていたらしいことが明治期に作成された「常盤溜井之略図」に見えます。
一般に「常盤」の辞書的意味は「永久不変に存在する岩」のことを指します。溜め池となり常盤原が水の下へ隠れてしまった現在でも、常盤池の南側は岸辺にごつごつとした露岩が目立ちます。溜め池以前は今以上に目立っていたと想像するに難くなく、この地勢から常盤原、更には常盤という地名が興ったものと思われます。

常盤町と常盤通り

宇部市の中心地を貫く常盤通り(市役所前)

他方、常盤通りや常盤町は常盤池からかなり離れています。しかしそれらの由来も元を辿れば常盤池です。元は曲がって流れていた真締川を海まで真っ直ぐ流れる新川の掘削により洪水が回避され、耕作面積が拡大すると共に人々は新川の両岸にも住み着き始めました。常盤池の築堤後も用水の調節など頻繁な往来需要があったため、明治初期のこと未だ松原だった地を切り拓き、新川より東に常盤池へ往還する道が造られました。この道は常盤通りと名付けられ、現在の常盤通りはこの名称を受け継いでいます。(ただし戦後の道路造りにより昔の道筋は殆ど失われている)
住居表示も常盤通りを冠したものから幾度か変更され、昭和40年の第2次住居表示によって現在の常盤町1~2丁目に至っています。初期に常盤池の周辺にある駅や校区が常盤の名称を使ったように、常盤通りや常盤町の周辺にある事業所や店舗などにも「ときわ」の読みを含むものが多く存在します。他ならぬ【オフィスときわ】もそうですが、元々あった「常盤」という地名が特定の場所にのみ留まることなく派生的に広がり、宇部を代表するブランドの座を獲得したためです。

JR宇部線常盤駅 ときわ公園まで約1km

江戸期以前は不毛だった宇部という地は、常盤池の築堤により美田の拡がる地に生まれ変わりました。常盤原時代から既に知られていた石炭という賜が宇部の発展に大きく寄与したのは確かですが、まず稲が育つ環境を造り、人々が安定的に暮らせる下地部分となった常盤池の存在が全ての土台部分にあったのです。常盤という地名は、今後も宇部を代表するブランド的地名として永遠に伝えられ続けることでしょう。